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個展「そこに沈む」終了しました

昨日、神戸BIOMEでの個展「そこに沈む」が無事に終了しました。

会期前半は在廊することができ、直接ご感想を伺えたことで、今後の糧となるよい時間をいただきました。


東京よりは近いと遠方からお越しくださった方や、こんな近くでやってもらえるとはとご近所の方、京都の個展でもいらしてくださった方、SNSで知ってくださり急遽駆けつけてくださった方...

作品を実際にご覧いただける機会を関西で持てて、本当によかったなあと。


そして、以前から応援してくださった方もいらっしゃれば、この個展を機に知ってくださった方もいて、

どんな方法であれ作品と出会ってくださったことをとてもありがたく感じた8日間でした。


ご覧くださった方、気にかけてくださった方、ありがとうございました。

また、実り多き展示の機会をくださったBIOMEさんに感謝です。


昨日より、オンラインストアにて全作品の掲載が始まりました。

売約済みのものも載せてくださっているため、展示の全貌が感じられるかと思います。会期終了後もお楽しみいただければ幸いです。


ここからは備忘録として。。

今回、白い謎の生き物について質問してくださる方が多くいらっしゃいました。

おそらく5年前くらいに初めて絵に登場したと思われますが、この生き物が何者なのか、私がはっきりと認識したのは昨年末でした。今後認識が変化する可能性は多分にありますが、現時点での認識を書き留めておこうと思います。


高校生の時、国語の授業で中島敦の「山月記」を知りました。己が身が虎になり、後悔や人間性を失う苦しみを友に語る李徴に強烈な羨ましさを覚えました。日々くだらないと思えるようなことに思い悩み、自分に嫌気がさす中で、虎になって生きるがままに生き、野山を駆け廻れたらなと思ったのです。当時プロテスタント系の学校に通っており、新約聖書マタイによる福音書の、何を食べようか何を着ようかと思い悩まずに野の花の生き様を見なさいといった箇所が心に残っていたこともありました。


もしかしたら動物も草花も何か思い悩んでいるかもしれませんが、私から見ると彼らは今をありのままに生きているように思えて羨ましく感じてしまうわけです。


ただ、自分が李徴のように虎になれるかというと、それはそれで疑問が湧いてきます。人間の特性に嫌気がさしたからといって虎になれるだなんて虎に失礼な話です。残念ながら私はそんな潔さも持ち合わせていません。きっと虎にもなれず人間にもなりきれず、半人半獣の中途半端な存在として、孤独を抱えうろつくのが関の山だろうと思うのです。

そんなことから生まれたのがあの白い草食動物っぽい謎の生き物なのでした。


このように明文化できるようになったのは最近で、考えを元に生まれたわけではなく、いつの間にか絵の中にいたというのも抜けている私らしいなと思います。展示の度にお客様に問いをいただき、自分にも問いかける中で、やっとあの存在を理解することができました。


今回、あの生き物が好きで...と言ってくださった方が何人かいらして、もしかしたらこの想いを共に感じているのだろうかと嬉しくも切なくなりました。



まだまだ暑さがこたえる日が続きます。台風も心配です。

心身ともに労わりつつ、時折めまぐるしい水面を離れ、底で自分を見つめる時間を持ちながら過ごせますように。

くれぐれもご自愛ください。








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© Ayano Tada

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